人は誰しも無自覚に固定概念に縛られる
ちなみに、この作品では上記以外でも様々な形で、登場人物たちのもつ固定概念が描かれるのですが、その固定概念自体を描いた場面で象徴的なのは、ゲイの沼田頼綱が同僚の平匡さんと風見さんがカップルだと勘違いするところでしょう。
★「逃げるは恥だが役に立つ」9巻に掲載
平匡さんとみくりが仮面カップルだといち早く気づいた沼田さんは、その後、平匡さんと風見が二人でいるところを見て「二人の恋仲を隠すための仮面カップルだったんだ」と勘違いしてしまいます。大した証拠がないにも関わらず、その勘違いはわりと長く解消されずに続きます。
つまり人って、自分たちの先入観や偏見に囚われやすいんですよね。つい視野が狭くなってしまう。結果的に大した証拠もないのにその勘違いをずっと現実だと思って縛られてしまう。
ちなみにセクシャルマイノリティーの問題に関しては、平匡さんも沼田さんに偏見をもって接していたと告白します。「ゲイは男を見たら誰しも襲う」という、これまた確証がない(というか、それは完全に犯罪者)固定概念に囚われていたわけです。人ってこうやって無自覚にも固定概念に縛られて、そのせいで狭い世界しか見えずに、何かに怯えたり行動ができなくなったりしていることって多そうです。
呪い(=固定概念)は新たな選択肢を見つけることで解ける
★「逃げるは恥だが役に立つ」9巻に掲載
この作品は、就職難や派遣切り、高齢処女・童貞、セクシャルマイノリティーに対する偏見、独身者の増加など、現代社会が抱える課題が様々な角度から描かれます。普段「なんだか生きづらいな」と感じている人は、きっと同じような環境や心境の登場人物に巡り会えると思いますよ。
そして、この作品が通常の少女漫画と違うのは“明確なハッピーエンド”を描かずに完結すること。
登場人物は、皆それぞれ自分の納得する道を見つけ、進み始めます。誰かと付き合えた、結婚できたから幸せ、ではなく、彼らは皆、自分がかけられていた呪いに気づき、それを克服する形で幸せになっていくのです。百合ちゃんは風見さんと付き合っても、「きっといつか別れてしまうだろう」と考えます。大人の直感です。「え、これってハッピーエンド?」と不思議に思う読者もいるかもしれません。それでも、今自分の気持ちに正直になることが、百合ちゃんにとって幸せの道だったわけです。
みくりも平匡さんと事実上ではなく本籍を入れるわけですが、決してそれがゴールだったわけでもありません。むしろ本籍を入れていいのかどうか、彼女なりに悩み、行動し、平匡さんと話し合い納得して出した、一つの答えです。
「何歳までに結婚しなければいけない」とか「料理上手の女性こそ愛される」とか「ブラック企業に入ったら人生終わり」みたいな、何かの答えを白黒ハッキリとつけたがる意見って、テレビでも雑誌でもインターネットでも溢れかえっていますよね。そういうのに日々触れていれば、いつの間にか固定概念に縛られてしまうのは仕方ないかもしれません。
でも、実は、その「この道しかない」と思うのは根拠のない勘違いかもしれないのです。恋愛結婚じゃなくてもいい、奥さんでも夕飯を作らない日があったっていい、ひとまわり以上若い男性と付き合ってもいい、結婚を前提に付き合わなくてもいい、「逃げるは恥だが役に立つ」は様々な新しい選択肢を提示することで、ガチガチに呪いにかけられた私たちを解放してくれるのです。
「こういう選択肢もあるんだ」と知るだけで肩の力が抜けることもある。生きづらいと感じている現代人にぜひ読んでほしい作品です。